微生物を学ばなければ海洋生態系のなぞは解けない

block_28062_01_m 温暖化を含む地球環境変動の実態把握と将来予測において、海洋における炭素循環の研究はとても重要です。海洋に存在する炭素のうち、有機炭素は生物体を形成し、生物の働きで時々刻々変化しています。海の有機物には目に見える有機物と目に見えない有機物があります。細菌、プランクトン、魚、クジラなどの生物は目に見える「粒子態」の有機物であり、一方で、顕微鏡でも見えない有機物は「溶存態」有機物と言われます。実は、海の有機物の90%以上は溶存態有機物なのです。つまり、海洋の全部の生物を集めたとしても有機物としては10%にも遠く及ばない量なのです。ほとんどの人は一生お目にかかれない溶存態有機物とは果たして何でしょう?

 

 block_33258_01_m当研究室では海洋生態系の有機物循環経路での微生物の働きを明らかにする目的で、溶存態有機物のうち、生物体の主要成分であるタンパク質に焦点をあて、生物由来のタンパク質が海水中でどのように変化し、また、だれが変化させているのか、を研究しています。これまでに、タンパク質にも簡単に壊れるものと、壊れにくく世界中の海に普遍的に存在するものがあることが分かりました。そして、タンパク質の分解?変化を調節しているのは細菌を中心とした生態系「マイクロビアルループ」だということが分かってきました。  海洋微生物の99%以上は寒天培地上で培養できないのですが、我々は、見えない有機物を変化させる培養できない連中の働きを分子のレベルから研究しているのです。

研究の特色

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写真:緑膿菌外膜タンパク質の分解。150日目でもいくつかの特定タンパク質だけは残存する。抗体で検出できるOprPポーリンタンパク質は世界中の海から見つかる。

 最近進めている研究の一例を挙げましょう。タンパク質分解酵素の研究です。タンパク質をエネルギー源とする海洋細菌は、高分子のタンパク質をそのままでは取り込めないので、いくつかの違う酵素を使って分解します。まずトリプシンという酵素で分子の真ん中を切って程度な大きさのオリゴペプチドにします。それからオリゴペプチドの末端からアミノ酸を切りだして利用します。この過程は我々が見つけたもので、「カスケード?ダウンサイジング」と呼んでいるものです。最新のアメリカの海洋微生物学の教科書にも紹介されています。細菌たちは、決して無秩序に有機物を分解するわけではなく、理にかなって無駄のない生化学反応をしているのです。しかし、酵素全部を細菌が作っているとは限らないようです。さて、誰が細菌を手助けしているのか?マイクロビアルループでの生物間相互作用が今熱いテーマです。
 我々は、タンパク質やDNAの分析とその生化学反応を見ることで生態系での物質変換を追っており、このようなアプローチは世界的にも先端を行っていると言っても大げさではありません。

?研究の魅力

 

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写真:CMES協定校ハワイ大学海洋生物研究所の前浜

 誰もが見ることができる大きな海。しかし、海面下にある目に見えない生物の世界を知る人は世界でも数えるほどしかいません。海の環境維持で最も重要な働きをしている微生物たちの生き様と死に様を分子の目で見ていると、海の見え方もかわってきます。いかに海は頑丈で、かつ壊れやすいものか、という矛盾した実態が分かってきます。  研究では、あるときは調査船の中で酵素活性を測り、あるときは実験室でDNAを調べる、といった様々な実験をします。そのためには、体力と繊細さ両方が必要です。マクロな海の生態系をミクロの目で探るのはとても楽しい学問です。  海はロマンでも夢でもなく、現実であり将来を映している鏡です。守るも壊すも人間次第かも知れません。

研究の展望

 最近やっとマイクロビアルループにおける分子サイズでの物質変換過程が分かってきた段階です。微生物による分子変換過程の環境生化学的研究はこれからも発展していきますが、加えて、この過程に及ぼす環境汚染の影響、とくに微生物に強く影響を与える抗生物質などによる環境汚染について研究を進めて行く予定です。物質レベルで海を見る研究はこれからの学問です。我々の研究で、地球という惑星がなぜ安定して生命を維持できるのかを解き明かせるかもしれません。

この研究を志望する方へ

 imgp9987もし、若い方々が新しい海の科学を学びたいなら、重要な武器である英語と化学をよく勉強し、体力と精神力を鍛えておきましょう。研究は、言うならば世界の研究者たちとのケンカです。打ち負かすには、他人を上回る新しいアイデア、正しい実験、正当な論理、分かりやすい言葉での説明、が必須になります。  ここに書いたことの一部は「分子でよむ環境汚染」(東海大学出版会、鈴木 聡?編著)と「海と生命―海の生命観を求めて」(東海大学出版会、塚本勝巳?編)にも載っています。